(四)「ウホッホ探検隊」─干刈あがたの未成熟さと作品の未成熟さ

 

 「ウホッホ探検隊」は「プラネタリウム」と共に「樹下の家族」の三部作というべき作品である。離婚から三ヶ月が過ぎた、長男・太郎の小学校の卒業式を間近にひかえた家族の様子が描かれている。この作品は一九八三年『海燕』九月号に発表された中篇であり、“前夫”が小説の中にはじめて登場する。作品の文体は、離婚して数ヶ月が経過し平静さを取り戻した結果、「プラネタリウム」の“母親”と“作者”に分裂した文体から“私”に統一された文体に戻っている。

 「ウホッホ探検隊」はこの年の芥川賞候補になった作品であり、後に映画化もされた話題作であった。それは離婚した家族の新しい姿が描かれていたからである。離婚した母と子の姿は明るい悲劇性のなかに爽やかで新鮮な印象を、今読み返しても受ける。十年前は、この新しい母と子の姿について“アジア的な原型的で母系的な家族の姿”としてとらえ小論とした。今回は逆に、小説「ウホッホ探検隊」に欠けているもの、描き切れていないものについて考えながら読んだ。欠けているものにこそ、干刈あがたの作家としての特徴があると思えたからである。

 「ウホッホ探検隊」には、母子の姿は見事なほど新鮮に描かれているのに比べ、“前夫”の姿は描き切れていない。そのアンバランスな対比には、離婚直後の干刈あがたの女性としての未成熟さが現れている。そのことに気がつけば次に、離婚家庭の“母親”の姿はあるが、夫婦を破綻させた“前妻”の姿がないことに気づく。これは、芥川賞候補作としては致命的な弱点だったはずである。

 作品のなかから、この干刈あがたの作家として、女性として未成熟だと思われるところを指摘し、それが前期・干刈文学の特質を形作っていることを確認したい。

 

太郎、君は白いスニーカーの紐をキリリと結ぶと、私の方を振り返って言った。

「それじゃ行ってくるよ」

「行ってらっしゃい、気をつけてね」

 玄関前の砂利を踏み、路地を遠ざかって行く足音が聞こえなくなった時、私は電話のダイヤルを回した。君のお父さんの声が出た。

「今行きました。お願いします」

「うん、ネクタイは持たせたの」

「ええ、赤に紺色の細いストライプの入ったネクタイ。ジュニア用のがあるかと思ったら、無いのね。だからオトナのと同じ。でも長さは大丈夫そうよ。考えてみたら身長一五〇センチですもの」

 お父さんは黙っていたが、耳をすましている息づかいは聞こえていた。

「ズボンはあなたの昔のグレーの替ズボン、洋服ダンスから出して裾を上げて着せてみたら、ぴったりだったわ。あなたは細身だったから・・・・」

「ああ・・・・」

 そのあとまだ何か言い交わす言葉を捜す気配を伝え合いながら、言葉が見つからないままに私たちは互いに小さく笑い合った。本当に私たちは不器用ね、という労わり合いの気分も含んだ苦笑だと、十五年間いっしょに暮した経験から了解しながら、本当のところはもうわからないのかもしれないという思いも、私の気持の中に三パーセントほどあった。

「それじゃ、二四日の夜に」

「遅くならないうちに行くよ」

 君の卒業祝いを家でする約束を確認してから、じゃあね、と短く言い合って電話を切った。

「ウホッホ探検隊」冒頭

 

 これは、あたらしい“離婚した元夫婦像”というより、奇妙で、摩訶不思議な“元夫婦”像である。「三パーセントほどあった」という自信は、誤解以外のなにものでもない。五〇パーセントわかり合えている夫婦は充分に健全であり、半分以下になると危ういと感じながら世の中の夫婦は営んでいる。この冒頭部分はこの後

 

 君が仕事場へ着いたら、お父さんはまず向い合って大きな手でネクタイを結んでやり息子の姿を正面から見てから、今度は君を鏡の前へ立たせ、背後から君自身の手で結べるように教えてくれるだろう。君はそれを覚えて帰らねばならない。卒業式の朝は、自分で結ばなければならないのだから。

 君と父親との身長差は今のところ十七センチ。君に教える父親の息が、頬やうなじにかかるだろう。父親の指が、首筋や胸元に触れるだろう。君はそれをどんな思いで受けとめるのだろうか。どんな記憶として残るのだろうか。

 君は知っている。自分の父と母が、もう夫と妻ではないことを。

 

という父と息子の肉感的な描写が続いて、締めくくられている。“太郎”を“君”と呼ばなければならない文体的な必然があるとしたら、“私の視線”と“太郎の視線”が重ねられて“父親”が描写されているからである。つまり、干刈は“元妻”の視線ではなく、“太郎”の視線を借りて“元夫”を肉感的に描写していることになる。これは離婚した女性の側からの描写としてはかなり奇妙である。

 

「どうせいやしないよ」

とすぐ次郎が言った。自分にうれしいことがあって、電話で不在だったことがある。次郎は、あっけらかんとして「あああ、オンナか、ウワキか」と言ったり、「オヤジ変なの。あれは確かにコレだよ」などとふざけて小指を出したりするが、そんな時、君はピクッと眉を動かすのだった。 

 

「二人の親であるという立場は、徹郎と友江はまったく同じなわけ。だから君たちを愛する気持によって、協力したり、仲よくしたりすることは出来る。今までのように、夫婦でいて、仲よくないより、そうしようと話し合ったの」

「お父さんの〈にくたいかんけい〉のせいか」

次郎が言った。君が眉をピクッと動かし、低い声で言った。

「ウホッホ探検隊」

 

 ここでは逆に“元妻”の視線を、“次郎”に代弁させている。離婚というのは男として女として、あるいは“浮気をした夫”として、“夫を寝取られた妻”として泥仕合を演じなければならない修羅場であり、その果てにしか決着はやってこない。それはどんな卑小な“私”かもしれないが赤裸々になって真正面に向かい合い、自分がどうしたいのか、どう思っているのか、すべてを晒け出し合わなければ結論が見えてこないはずのものである。そのような離婚が出来なかった“私”には、このように表現するしかなかったのである。“元妻”の視線を幼い“次郎”にしか代弁させられないのは、まず作家として、次に小説として平板で弱すぎるのではないかと思う。干刈あがたはこのような自分自身の作家としての弱点を、この作品を書いたことによって認識したのではないだろうか。そして、なぜ私にはこのようにしか“元夫”を“男”を、あるいは元妻であり女である“私”を描けないのだろうかという、「ウホッホ探検隊」脱稿後の自問が、やがて干刈に「裸」という作品を書かせることになったのではないだろうか。

 “干刈あがたの未成熟さと作品の未成熟さ”というこの小論のモチーフの輪郭を、さらにはっきりさせるために、作品のなかの“私”が離婚の決断へいたる理由として述べているところと、“元夫”との離婚後の関係を見てみよう。

 

 月に何度か私が君たちを連れて仕事場に行ったり、お父さんが家に来たりして、夫婦としては終っても子供を間にしてつながりを持ち、互いの気持の落着きを取り戻し、新しい関係を作るまでには、それなりの時間がかかったということだろう。

「ウホッホ探検隊」

 

 こんなことができる離婚した夫婦は極めて特殊だと考えざるをえない。さもなければ二人とも男として、女として未熟である。「月に何度か子供を連れて(元夫の)仕事場へ行ったり、(元夫が離婚した元妻)の家に来たりして」という関係は奇妙な関係というしかない。こんなことができる夫婦は、普通は離婚しない。まして“元夫”には離婚前から親しくしている女性がいるにもかかわらず、である。この奇妙な往来は、離婚後の生活の奇妙な処理の仕方ともつながっている。

 

 毎月のそんな中でお父さんと私が、お父さんの会社の帳簿類や伝票類をひろげ、一ヶ月ごとの経理や税金の計算をし、給料の受け渡しをするのを、君たちは傍らで見てきたね。私は今までどおり会社の経理事務を家で処理し、その分を──仕事に対しては多すぎる──給料として受け取る。それがこの家の生活費だと君たちは知っている。君たちを育てているのが、毎日一緒に暮している母親だけではないことを、そして母親が父親から受け取る金が慰謝料といったものではないことを、君たちの目の前にさらしている。

「ウホッホ探検隊」

 

 これらの離婚後の状況を“元夫”の側から記述してみると、「仕事が忙しすぎて家に帰らず、さらに妻子があるにもかかわらず、外に親密な女性もできた。妻の方から何か言うまで黙っていたら妻の方から離婚したいと言い出したので同意した。慰謝料は会社の経費から毎月経理事務費として支払っている」。男の側からしたらこんな都合のいい話はない。“元夫”がもっと男として成熟していたら、新しい恋人ができた時に、離婚しようかどうか迷っている妻に速やかに協議離婚を申し出たはずである。妻を精神的に追い込んで妻の側から離婚を言い出すまで何もしないのは、男のずるさである。それは妻に対してばかりでなく、新しい恋人に対しても無礼なことである。恋人の女性は、離婚後も元妻といつまでも他人になれない男にイライラしていたはずである。

 作中の“私”は元夫の不倫相手(新しい恋人)について次のように語っている。

 

「お父さんには今、私より合う女の人がいる。それでたぶん皆に、あんたが悪いって言われると思う。そういう立場を引き受けている。でもそれはお父さんとお母さんがうまくいかなかったからなのよ。お母さんだって、同じだけ悪いの」 

 

「喧嘩というのも、相手にむけるエネルギーだから、情熱がないとね。お母さんもよくわからないけど、家庭というのは、それぞれのいいところも悪いところも見せて、許し合って一緒にいる場所なんじゃないかしら。今、お父さんとお母さんは、いいところばかりでつき合っているし、お父さんが働くエネルギー源はもう一人の人が受け持っているわけだし」

「ウホッホ探検隊」

 

 ここにあるのは“元妻”あるいは“ひとりの女”としての視線の徹底的な排除、または欠落である。母親の視線からのみの描写は、「お父さんが働くエネルギーはもう一人の人が受け持っている」という異様な思い込みに陥ることになる。

 私は十年前の「干刈あがた論」で、このような母子を軸とした家族のあり方を〈アジア的な母系的な家族〉としてとらえ、戦後家族の解体過程において、干刈あがたを“アジア的な〈母性〉の終焉を自らが演じてしまった最初の世代”として論じた。そして、アジア的な母系的な原型的な最後の“すがた”の終焉がどんな血を吐くような“はじまり”であったのか書き留めてきた作家として展開した。

 「ウホッホ探検隊」を書いたことによって干刈あがたが得たものは、「私も君たちの前では明るくしているが、時々ひどく落ち込む時がある。私は男の人を深く愛せないのではないか、ひどく冷たい女なのではないか」ということを自覚できたことである。

 「ウホッホ探検隊」を大別すると、前半部(五分の三)は元夫と太郎=君の登場する離婚家族を“ウホッホ探検隊”と命名するまでの主体部。後半部は(五分の二)は“私”と次郎の母子の情景と会話の付属部分である。前半部の最後に、思いがけずこの作品の結論「私は男の人を深く愛せないのではないか」というフレーズを、干刈るあがたは友人との会話のなかで見つけてしまった。そのことによって後半部は“ウホッホ探検隊”の隊長である元夫の父親の出番がなくなってしまった。

 前半部では会話の部分だけでなく地の文においても“元夫”のことを“お父さん”と呼んでいる箇所が頻繁に出てくる。作者の視線と太郎の視線を重ねて元夫を描写している当然の結果である。

元夫の呼び方を種類別に数えてみると次のようになる。(会話部分を除く)

 

前半部 お父さん 32      後半部 お父さん
  父親 12     父親
     
     

 

 この前半部での“お父さん”という呼び方の突出に比べ、後半部ではほとんど出てこない。それはこの作品の動機─元夫を「ウホッホ探検隊」の隊長としていかに描くか─に対する(思わぬ)結論「私は男の人を深く愛せないのではないか」が前半部の最後に出てしまったからだと思われる。したがって後半部では「ウホッホ」と咳払いしながら家に入ってくる隊長・元夫の出番は必要なくなってしまったのである。読んでいても母子の会話や情景の新鮮さに比べ、元夫の場面は平板でつまらない。書けば書くほど不自然で不可解な元夫・隊長像になってしまう。

 干刈あがたは「樹下の家族」三部作を書いた時点で、自分の現在の力量や課題を見つけることができた。次作の「月曜日の兄弟たち」や「ゆっくり東京女子マラソン」は、自分の力量と課題を見据えながら、今の自分にどんなものが書けるかを試した、作家・干刈あがたの意欲作だったのではないだろうか。

二〇〇五年十月二七日